感覚の鋭さや見えないものを見ようとする力

私はずいぶん前に興味本位で「1日でチャネリングができるようになる」という講座に出たことがあります。

講座中、周りの受講生たちが「虹が見える」「天使のような存在が見える」と口々に言うのに対し、

私は全く見えず、目を閉じると日頃の疲れのせいで一瞬寝てしまい、

午後の部ではぐっすりと寝てしまうという事態になり

恥ずかしくてとても申し訳なかったです。

人を癒す仕事をしている、いわゆる見える・感じられるという方が私を見て

「あなたのせいで周りの人が〇〇になる、そうなりたくなければ私の〇〇をするといい」と

とんでもなく無神経なことを言って

この人が見えいていることや感じていることは一体なんだろう??と

疑問に思いました。

「私もヒーリングでチャクラのエネルギーなんて感じられないのよー」と

日頃鈍感さを気にしている女性が、

ある時、私がつい涙を流してしまったら

「私もなんだか涙出てきちゃった」と言ってくれました。

彼女が泣きながら出してくれたクシャクシャになったティッシュペーパーを見たら

その優しさにもっと泣けてしましました。

未熟者ながら、私もヒーリングというエネルギーを扱うことをしています。

ビリビリきた、とか、あったかくなった、何かが見えた、メッセージが来た、という

非常に個人的で体感的な感覚があるほうが素晴らしい、とか、すごい!と

憧れの目で見られることが多い傾向があるのですが、

そこは本当に重要なのかな?と私はずっと思っています。

見えないものを見ようとする、分からないものを感じる力は、誰にでもあり

チャクラで言えば第六チャクラで第三の目です。

どんな人にも持っている特別ではないエネルギーで、

意識すればどんな人だって活性できるもの。

私がセラピーやヒーリングの世界をのぞいた当初、

見えないものを見る、その見えないものの対象は

光であったり、高次の存在などもあり、

確かに夢はありますが

正直興味を持つことができず、特別感も感じられませんでした。

上記で書いたような経験をいくつかしてきて、

見えないものを見ようとする力は

傷ついた悲しみや怒り、夢や目標を叶えたい希望や不安、

いつもと様子が違う子供や家族の体調を感じるなど、

家族や目の前の人の気持ちや状態を推し量ろうとする力で

私はその推し量ろうとする気持ちや精神の方が素晴らしく、感動します。

だから、感覚が鈍くても鋭くても、そこで人格を判断することもないし

鈍さも鋭さも一つの感覚の持ち方として同等と考えています。

人はもっと奥の奥に、本当に見て欲しいもの、気づいて欲しいものがあり

そこを理解し共感する気持ちが、第三の目の真実を見るエネルギーだと思います。